名古屋高等裁判所 昭和31年(う)401号・昭31年(う)399号・昭31年(う)409号・昭31年(う)413号・昭31年(う)410号・昭31年(う)403号・昭31年(う)414号・昭31年(う)411号・昭31年(う)408号・昭31年(う)404号・昭31年(う)407号・昭31年(う)402号・昭31年(う)400号・昭31年(う)412号・昭31年(う)406号・昭31年(う)405号 判決
出納責任者の補助者又は事務員等の如く出納責任者の指示により機械的に出納事務に従事する者において、選挙運動に関する支出をするには、公職選挙法第百八十七条第一項但書所定の出納責任者の文書による承諾を得ることを要しないものと解する。けだし、かかる場合にありては出納責任者自身において支出をするのと択ぶところがないからである。しかし、記録及び原判決挙示の関係証拠を総合すると、本件においては、被告人楠目武は所論のように、出納責任者瀬川隆彦の単なる補助者又は事務員等として機械的に選挙費用の支出をしていたものとは認め難く、反つて、右瀬川隆彦において事実上出納事務に従事することができなかつたところから、被告人楠目において事実上選挙費用等の出納を主管していたもの(但し、公職選挙法第百八十三条にいわゆる出納責任者に代つてその職務を行う者ではない)であり、しかして、同被告人は出納責任者の指示によらないで、原判示第一のとおり単独又は相被告人掘部千尋と共謀の上、同判示の選挙運動に関する金員の支出をしたことを優に認定できる。従つて、被告人楠目武において同判示の金員の支出をするには出納責任者の文書による承諾を得ることを要するものといわなければならない。それゆえに、原判決が原判示第一事実を認定し、該当法条を適用処断したのは正当であつて、事実誤認又は法令適用の誤はない。論旨はいずれも理由がない。
(中略)
弁護人B同Cの原判示第三ないし第十一事実関係の各控訴趣意(法令適用の誤又は事実誤認)について以下逐次判断をする。
第一、しかし、原判決挙示の関係証拠によると、(一)被告人楠目武は原判示第三の一、二のとおり同趣旨の下に、(1)相被告人鍵谷砂他四名及び(2)相被告人青木俊雄同桂川庄次同古川淳一に対し、同人等に対する選挙運動報酬を含め各農協の選挙運動者に対する報酬等と一括して、右各判示の金員を供与又はその申込をしたものであることが認められるから、従つて(二)右(1)、(2)の関係相手方等が右授受の各金員を原判示のように、他に供与又は交付したからといつて、(一)の供与又は供与申込の点が(二)の供与罪又は交付罪中に吸収さるるものとは解せられない。それゆえに、原判決が原判示第三の一、二の各事実を認定し、該当法条を各適用処断したのは正当であつて、法令適用の誤又は事実誤認はない。各論旨は理由がない。
第二、選挙運動報酬等の供与を受ける際、あらかじめ、供与者より同金員の一部を選挙人又は選挙運動者に対し、可分的に供与又は交付すべき旨の指示があり、受供与者においてその指示に従いこれを履行したときは、受供与罪は前の供与を受けた金額より後の供与又は交付した金額を控除した残額部分についてのみ成立するものと解すべきである。
本件についてこれをみると、原判文に徴すれば、原判決は(1)原判示第四の一において被告人鍵谷砂は相被告人楠目武より同判示の趣旨の下に現金二万五千円の供与を受けた旨、(2)同第五の一において被告人服部安夫は相被告人楠目より同判示の趣旨の下に現金四万五千円の供与を受けた旨、(3)同第八の一において被告人三輪省三は相被告人楠目より同判示の趣旨の下に現金三万千円の供与を受けた旨、(4)同第九の一、二において被告人伊藤盛量は相被告人楠目より同判示の趣旨の下に現金四万四千円及び現金一万円の供与を受けた旨、(5)同第十の一において被告人高橋政一は相被告人楠目より同判示の趣旨の下に現金二万六千円の供与を受けた旨、をそれぞれ認定し、以上の各受供与額につき受供与罪が成立するものとして各公職選挙法第二百二十一条第一項第四号を適用したことが明らかである。しかし、原判決挙示の関係証拠を仔細に検討し審按すると、前記各被告人が相被告人楠目武より以上各判示の金員の供与を受くる際、あらかじめ、供与者たる右楠目より(1)の金員中金一万円は被告人鍵谷砂の選挙運動報酬として同人の所得とし、金一万五千円は同被告人から管下農協十五ケ所の選挙運動者に対する報酬等(一農協につき平均金千円宛)として供与又は交付させることとし、(2)の金員中金二万円は被告人服部安夫の選挙運動報酬として同人の所得とし、金二万五千円は同被告人から管下農協二十五ケ所の選挙運動者に対する報酬等(一農協につき平均金千円宛)として供与又は交付させることとし、(3)の金員中金一万円は被告人三輪省三の選挙運動報酬として同人の所得とし、金二万千円は同被告人から管下農協二十一ケ所の選挙運動者に対する報酬等(一農協につき平均金千円宛)として供与又は交付させることとし、(4)の金員を通じ、その中金二万円は被告人伊藤盛量の選挙運動報酬として同人の所得とし、金三万四千円は同被告人から管下農協三十四ケ所の選挙運動者に対する報酬等(一農協につき平均金千円宛)として供与又は交付させることとし、(5)の金員中金一万円は被告人高橋政一の選挙運動報酬として同人の所得とし、金一万六千円は同人から管下農協十六ケ所の選挙運動者に対する報酬等(一農協につき平均金千円宛)として供与又は交付させることとし、以上の如くそれぞれ区分して供与され且つ指示があり、各被告人において右指示に従い、原判示第四同第五同第十の各二及び同第八の二、三並びに同第九の三、五のとおり前記選挙運動者に対し、右各判示の金員を供与又は交付したことをそれぞれ認定できる。ゆえに、前記各判示の受供与額は他に供与又は交付した金額を控除した残額(従つて、(1)原判示第四の一の受供与額は金一万円、(2)同第五の一の受供与額は金二万三千四百円、(4)同第八の一の受供与額は金一万六千九百二十円、(4)同第九の一の受供与額は金一万五千円、(5)同第十の一の受供与額は金一万二千円)であり、すなわち、右各判示の受供与罪は以上の残額たる受供与額についてのみ成立すること冒頭説示に照らし明らかである。しかるに、原判決は前記の如く右(1)の受供与額を金二万五千円全額、(2)の受供与額を金四万五千円全額、(3)の受供与額を金三万千円全額、(4)のうち原判示第九の一の受供与額を金四万四千円全額、((4)のうち同判示第九の二の金一万円中からは他に供与又は交付されなかつたものと認められるから、従つて、原判決がその受供与額を金一万円全額と認定したのは正当と認める)、(5)の受供与額を金二万六千円全額と各認定し、前示法条を各適用して、当該受供与全額につきそれぞれ受供与罪に問擬したのは、ひつきよう、法令の解釈を誤り、ひいて、事実を誤認したものと皈結せざるを得ない。
しかし、以上各判示の受供与額を前記の如く認定すべきものであるにせよ、その認定額の範囲内においていずれも受供与罪の成立することには変りはないこと、前記各被告人には以上の当該受供与罪の外になお、原判示の併合罪にあたる各別罪があり、すなわち、前記各被告人の以上の当該受供与罪を含む原判示の各関係犯罪の全体から考察すると、右原判決の誤認が各被告人に対する量刑に必ずしも影響を及ぼすものとは認められないこと、等の諸点を総合して判断するに、右原判決の誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるとは認められない。ゆえに、所論はいずれも採用し難く、各論旨は結局理由がない。
第三、選挙運動報酬等の交付を受けた者がその一部を選挙人又は選挙運動者に供与又は交付したときは、手許に保留の残額部分については受交付罪は成立するが、他に供与又は交付した部分については前の受交付の点は後の供与罪又は交付罪中に当然吸収され、別罪を構成しないものと解するを相当とする。
本件についてこれをみると、原判文に徴すれば、原判決はその挙示の関係証拠により(1)被告人古川淳一は原判示第六の一の如く相被告人楠目武より同判示の趣旨の下に現金三万二千円の交付を受け、同第六の二の如く同判示の趣旨の下に杉山良三他十九名に対し、右現金三万二千円中から現金合計二万千円を供与し、結局その残額金一万千円の交付を受けたものと認定し、(2)被告人青木俊雄は原判示第七の一の如く相被告人楠目武より同判示の趣旨の下に現金三万三千円の交付を受け、同第七の二、三の如く同判示趣旨の下に戸崎義男及び広瀬治郎他八名に対し、右現金三万三千円中から現金合計九千三百八円を供与し、結局その残額金二万三千九十二円の交付を受けたものと認定し、(3)被告人桂川庄次は原判示第十一の一の如く相被告人楠目武より同判示の趣旨の下に現金一万二千円の交付を受け、同第十一の二の如く同判示の趣旨の下に熊崎岩一他九名に対し、右現金一万二千円中から現金合計一万円を供与し、結局その残額金二千円の交付を受けたものと認定し、該当法条を各適用の上前記原判示第六、同第七、同第十一の所為中その各一の点につきいずれも受交付罪、その余の点につき各供与罪に問擬したものであり、右はひつきよう、冒頭説示と同旨の解釈を前提としてなされたことが明らかである。されば、原判決には法令適用の誤又は事実誤認はない。論旨はいずれも理由がない。
第四、数人共謀して当選を得る目的をもつて選挙人又は選挙運動者に対し、選挙運動報酬等を供与する場合において、供与資金を供与行為実行の分担者をして他人に供与させる必要上、共謀者間においてこれを授受するのは、共同の犯意実現のためにする共謀者内部関係における準備行為と認むべく、従つて、共謀者間における供与資金授受の行為は交付罪又は受交付罪等を構成しないものと解すべきである。
しかし、記録及び原審並びに当審取調の関係証拠を検討すると被告人楠目武と相被告人鍵谷砂、同服部安夫、同古川淳一、同青木俊雄、同三輪省三、同伊藤盛量、同高橋政一、同桂川庄次との間において、前記田中啓一候補の当選を得る目的をもつて選挙人又は選挙運動者に対し、選挙運動報酬等を供与すべき旨の共同謀議のあつたこと及び(1)原判示第三の一、二、(2)同第四、同第五、同第六、同第七、同第八、同第十、同第十一の各一並びに同第九の一、二の各金員が共同の犯意実現のために授受されたことはいずれもこれを認め難く、反つて、以上各判示の金員は右被告人楠目より右相被告人鍵谷砂等に対し単に同候補者のため選挙運動方を依頼し、前記原判示の趣旨の下に授受されたものに過ぎないことを認定できる。されば所論はその前提を欠き採用するを得ない。各論旨は理由がない。
第五、本件記録及び原審並びに当審取調の証拠によるも、被告人鍵谷砂、同服部安夫、同古川淳一及び武藤三五、同青木俊雄、同渡辺信一及び同三輪省三、同内藤広及び同伊藤盛量、同高橋政一、同野々村長一及び同衣笠純一、大野啓作及び同桂川庄次は相被告人楠目武と、原判示(1)第四、同第五、同第六、同第十、同第十一の各二(2)同第七の二、三(3)同第八の二ないし四(4)同第九の三ないし五の関係受供与者又は受供与申込者若くは受交付者との間の当該行為に関し周旋をしたものとは認められない。従つて、以上各判示の行為につき公職選挙法第二百二十一条第一項第六号を各適用すべきものではない。ゆえに、原判決には法令適用の誤又は事実誤認はない。論旨はいずれも理由がない。
(裁判長裁判官 影山正雄 裁判官 石田恵一 裁判官 水島亀松)